ステーブルコイン普及の現在地と将来展望~既存デジタルマネーとの違いと決済インフラへのインパクト ~
- Shoichiro Tahara
- 1月4日
- 読了時間: 11分
更新日:4 日前

目次
1.はじめに
足元、金融サービスのトークン化の動きが加速している。支払・決済の領域においては、日本円ステーブルコイン「JPYC」のリリースや3メガバンク共同でのステーブルコイン発行に向けた取り組み、SBI新生銀行、ゆうちょ銀行、ディーカレットDCP等によるトークン化預金(*1)のPoCなどが発表されており、社会実装に向けて大いに盛り上がっている状況である。様々な金融機関等が検討を進めているステーブルコインであるが、日進月歩であることに加え、様々な立場文脈で語られることも多く、従前の電子マネー等と比べてどのような差異があり、ユーザーや事業者にとってどのようなメリットがあるのか情報整理が追いつかないという声も聞こえてくる。
本稿では、日本におけるステーブルコインと電子マネー等の各種代替通貨を比較することでステーブルコインのメリット・強みを明らかにしつつ、足元着目されているユースケースを取り上げる。加えて、ステーブルコインを取り巻く環境を整理、将来展望について考察してみたい。金融機関のみならず経済圏を保有する非金融事業者にとっても有力な事業企画テーマになりうるweb3やステーブルコインについて理解を深める一助となれば幸いである。
2.ステーブルコインの概要と既存デジタルマネーとの違い
まずステーブルコインの概要について述べる。法定通貨、金などの裏付け資産にペッグする等(*2)で価格が安定するように設計された暗号資産の一種として誕生したブロックチェーンベースのペイメントトークンである。ブロックチェーンの特長であるプログラマブル性・耐改ざん性等を有し、既存決済と比較して安価なインフラコストで運用(*3)、DeFiなどのweb3サービスとの親和性が高い(*4)とされている。日本では2023年施行の改定資金決済法により「電子決済手段」として定義され法的な位置づけや事業者に求められる要件が明確化。足元では、日本円ステーブルコイン第一号として2025年10月に「JPYC」がローンチ、メガバンクグループ等が社会実装に向けて検討を進めている。
少し「JPYC」に言及してみよう。「JPYC」は日本円を裏付け資産としたステーブルコイン[1 円=1 JPYC]で25年8月に金融庁の認可を得て10月にローンチ。約2か月で1万口座/発行額5億円を達成(*5)。ユーザーは、専用のサービスにより日本円を「JPYC」に交換、発行された「JPYC」はノンカストディアル型のウォレットで保管、送金や支払等に利用することができる。収益モデルは裏付け資産の運用益(後述するグローバルシェア2トップの「USDT」、「USDC」と同様)となっており、決済時の手数料はかからない設計。発行会社であるJPYC社は実店舗・EC決済、企業間精算、Web3ウォレット、法人会計・SaaS、クリエイター支援など、幅広い領域でのパートナー連携を掲げており、「JPYC」の魅力化とエコシステム拡大を進めて行くものと推察される。一例としてナッジ社は「JPYC」で支払いができるクレジットカードを発表(*6)。また、「USDC」との提携等(*7)も発表されている。
グローバルに目を向けると、ステーブルコインは日本より早期に普及しており、米ドルを裏付け資産とするTether社発行の「USDT」とCircle社発行の「USDC」が2トップである他、Paypal等のフィンテック事業者も含めて市場を構成。最大手の「USDT」は2017年のビットコインバブル期に取引所間の資金移動等で普及、第二位の「USDC」は米国などを中心にDeFiやweb3サービス等の支払で2020年前後から利用が伸長。2025年7月~9月の前者のシェアは約60%、後者のシェアは約25%との推計(*8)もある。これらのステーブルコインは途上国や通貨のボラティリティが大きい地域において暗号資産にない価値の安定性という特徴をもって法定通貨代替という位置づけでユーザーを拡大、送金面での手数料も安価であることも相まって、2024年のオンチェーン上の年間送金額ベースでは27.6兆ドル(*9)と推計され、Visa・Mastercard のカード決済取扱額合計を上回る規模に達したと分析されている。2025年には米国でステーブルコイン法(GENIUS ACT)が成立し、これまでの自由競争環境下における急拡大フェーズから、当局の規制のもと利用者保護と健全な発展を重視するフェーズにシフト。同法が米ドル覇権強化に向けた通貨戦略の一翼をなしているとの見方もある。(なお、アメリカのステーブルコイン法については、こちらのインサイトもご参照頂きたい)
*1 銀行預金そのものをブロックチェーン上で移転可能なトークンにして取り扱う仕組み
*2 裏付け資産(法定通貨、金、暗号資産 等)にペッグしたものや、アルゴリズムで安定させるものなどいくつかの類型が見られる
*3 従前の決済送金ネットワークの多重構造と比較して直接ブロックチェーンに書き込む処理が可能なため、関わるプレイヤーが減ることでインフラコストが低減されるとされる
*4 従前の仕組みとはことなりステーブルコインはブロックチェーン上のトークンとして発行されることからブロックチェーン基盤をベースにしたweb3サービスとの連携が容易とされる
*5 2025年12月15日 JPYC社発表と報道
*6 クレジットカードの返済手段にステーブルコイン払いが追加
*7 「JPYC」と「USDC」の即時交換や他地域ステーブルコインとの連携構想が公表
次に、暗号資産やデジタルマネー等との違いを掘り下げていきたい。図1は法定通貨を代替する各種デジタルマネー等を比較したものである。第一に、暗号資産との違いは、前述の通り価値が安定するように設計されており決済や支払の用途に耐えうるものとしている点である。第二に、同じ資金決済法で規定(*10)される、前払い式のデジタルマネー等(「Suica」、「nanaco」等の狭義の電子マネーや、「PayPay」、「au PAY」等の事前チャージ式コード決済)と比較した際のステーブルコインの違いは以下のように整理できる。
①付加機能
設計次第で、事業者・ユーザー双方に対してのメリットになりうる特長である。具体的には、ブロックチェーンの特性を活かし、プログラマブル性やトレーサビリティを活かした金流と商流/物流のリンクなどの付加価値サービスの設計や地域限定性/利用目的限定性/コミュニティ活性のインセンティブ等をプログラムした地域通貨(*11)の発行なども可能となるだろう。
②安価なインフラコスト
既存インフラとコスト構造が異なるため、安価な手数料設定が可能とされる。ただし、AML(マネーロンダリング対策)やカストディなど周辺コストは存在するため、規制強化に伴いこれらの周辺コストが上乗せされていく可能性には留意が必要である。
③法定通貨に償還可能
発行と償還の双方向を可能とすることで預金に近い決済用マネーの性格を明確化し、金融インフラの一部として扱えるように位置づけられている。
<図1:ステーブルコインと既存デジタルマネー等の比較>

*10 資金決済法においてデジタルマネー類似型のステーブルコインは「電子決済手段」として定義
*11 法的には、設計次第で電子決済手段・前払式支払手段等のいずれに該当するかが分かれ個別整理が必要
3.考えられるユースケース
では、これらの強みを有したステーブルコインのユースケースはどのようなものがあるだろうか。国内外の事例(PoCや検討段階含む)をtoC向け/toB向けで大別し、それぞれ「既存機能(決済や送金等)の効率化や高度化に資するもの」と「新しい価値を創出するもの」に分けて整理したものが図2である。先の比較においては、主にtoC向けのデジタルマネーを主眼に対比を行ったが、ステーブルコインにはtoB向けの活用が期待されている点も抑えておく必要がある。
現時点では、toC/toB問わず、低コスト化や即時化といった既存の決済・送金インフラを効率化・高度化する方向性のユースケースが比較的多くみられる。3メガバンクの取り組みには金融庁が支援を表明しており、ブロックチェーン基盤を活用した次世代の金融に当局も高い関心を寄せていることが見て取れる。新しい価値創出においては、プログラマブル性やトレーサビリティ、web3との親和性等の特長を活用したユースケースの検討や検証がなされており、ステーブルコインのマスアダプションに向けて有効ユースケースの創出が期待される。
<図2:ステーブルコインのユースケース例(PoC・検討段階のもの含む)>

4.ムーブメントの背景事象
図3はステーブルコインをめぐる主要な事象の関連性をまとめたものである。冒頭の繰り返しにはなるが、ブロックチェーンや暗号資産の発展にともなって登場したステーブルコインは、クリプト・web3エコノミーの拡大や、途上国等での金融包摂やインフレ自国通貨の代替文脈で利用が伸張してきた。日本ではNFTブーム等によるweb3の認知拡大に伴い、資金決済法が整備され、日本国債を裏付け資産とした「JPYC」がローンチ。メガバンクやSBIグループ等が社会実装に向けて動きだしている。他方、アメリカにおいては基軸通貨であるドル覇権の保持・強化の政策も相まった現政権の後押しもありGENIUS法が成立、伝統的金融機関の参入がはじまっている。既存の決済インフラを通過しない取引の増加を無視できなくなった国際ブランドもステーブルコインを自社インフラに取り込む動きを加速させている。このように内外の技術・社会・政策の要素が折り重なり、日本では2025年のステーブルコイン元年と言われる動きに繋がったと整理できる。
数年スパンでの将来に視点を向けてみると、資金決済法によりステーブルコイン発行体は銀行や信託銀行、条件を満たしたフィンテック企業等に限られることから「発行主体」としての参入障壁は小さくない(*12)。このことから、将来多数の発行体事業者が乱立する可能性は低いのではないかと推察される。他方で周辺領域においては、各種事業者の参入増加の結果、経済圏のweb3エコノミーとの接近や2021年前後から表面化したエンベデッドファイナンスの一連潮流を鑑みるに、発行体金融機関がホワイトラベル型式で非金融事業者に提供するSCaaS(Stablecoin as a service)の登場なども想定されるだろう。既存金融は金融システムをトークン化預金という形でアップデートしweb3/クリプトの世界に接近していることも相まって、既存金融と混在する方向性でステーブルコインやトークン化預金に代表されるweb3ファイナンスが存在感を増していくことになると考えられる。
*12 発行体は銀行、資金移動業者、信託会社(信託銀行)に限定され、発行残高と同額の準備資産の保有、利用者資産の分別管理、 情報開示、システムリスク管理やマネロン・テロ資金供与対策として本人確認等の実施が求められている
<図3:ステーブルコインをめぐる主要な事象の関係性整理>

5.将来シナリオと主要な影響要因
ここからは、前述したステーブルコインが既存金融と混在する方向性について、不確定要素にも着目しつつ少し解像度を上げて考えていきたい。図4は、ステーブルコインの市場浸透に向けた影響要因を不確定性の大きさと、影響の大きさでプロットしたものである。前述の通り、フィンテック事業者の周辺領域への進出や国際ブランドのステーブルコイン進出加速などは今後もこの方向性は変わらずに進展していく可能性が高くメインシナリオと言えるだろう。影響度が大きく発生するかどうかが不透明な事象の中から、新しい有力ユースケースの発見・発明と日銀によるCBDC 中央銀行デジタル通貨(*13)の動向に着目し、それぞれの組み合わせで近い将来に起こりうるシナリオを仮説建てたものが図5である。
<図4: ステーブルコインの市場浸透に影響する要因>

具体的には、図5で表現された以下①~④の4パターンのシナリオである。優位性のあるユースケースが多数創出され経済圏への浸透が大きく進む場合が①、かならずしもそうでないケース(事業者側の攻勢も、ユーザー側が期待通りについてこずにどこかで収斂へ向かうケース)が②、またCBDC導入は、現時点で発行計画はないとのスタンスを日銀が明示(*14)しているものの発生時影響が大きいため着目に値するだろう。よって、将来的にCBDC導入が行われるシナリオをそれぞれ③、④としている。
*13 CBDC:Central Bank Digital Currency 中央銀行が発行するデジタルマネー(日本円そのもののデジタル化)であり、 民間発行のステーブルコイン(法定通貨連動のトークン)と異なる枠組みが想定されている
*14 日銀はCBDCの発行計画はないものの、決済システム全体の安定性と効率性を確保の観点から、 環境変化に的確に対応できるように準備が必要と表明。足元技術的なパイロット実験等を実施中 dig250523b.pdf
<図5:将来シナリオ仮説>

いずれの場合も、既存決済とステーブルコインないしはCBDCが混在することになるが、その浸透領域が異なることに注目していく必要があるだろう。各シナリオにおけるステーブルコインの具体的な浸透イメージは図6を参照頂きたい。
<図6:各シナリオにおけるステーブルコインの浸透イメージ>

6.まとめ
ステーブルコインは既存決済の状況を一変するポテンシャルを秘め、また一過性のブームに留まらない構造的なムーブメントであることを取り上げてきた。web3/クリプトと金融の距離が近づき金融・決済システムのアップデートが始まっており、少なくとも、向こう数年間は金融・非金融いずれの事業者にとっても注視が必要なトピックでありつづけるだろう。本稿では、足元状況の概観と事業環境の将来展望を取り上げた。関連領域への事業参入検討時などに、事業環境の振れ幅を想定する際の参考になれば幸いである。
当社は豊富な新規事業支援実績をもつメンバーと、web3×ファイナンス知見を保有しており、将来展望を踏まえた事業企画から伴走支援までお客さまをご支援することが可能である。フェーズ問わずディスカッションや検討パートナーとなれるだろう。ぜひ、お声掛けいただきたい。
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